2016年12月2日金曜日

「脱原発の教育実践と発信―世界へ向けて」

元公立高校教諭のK.Oです。

「幸せを運ぶ教育フォーラム」が、1113日に福島県郡山市で開催され、出講してきました。テーマは、「子供の無限力を引き出すには」についてです。講話のおわりに、東日本大震災より5年経過して、これまでの生教会福島教区の環境教育の取り組みに感謝を述べました。そして、より一層の「脱原発の教育実践と発信」を共に進めることを、皆さんと決意しました。このことが世界に向けて、生教会福島教区の使命であると思います。 

 ところで、原発事故で今も困難な状況が続いています。福島県では、8万人以上の人々が故郷に帰れないでいるのです。その中で、横浜市に自主避難していた中学生が、小学生の頃から校内でいじめを受けていました。何年もいじめを受け続け、約150万円ものお金を取られていたのに、教育委員会や学校は適切に対応してくれませんでした。そのような絶望のなかでしたが、生徒は死を選ばず、「しんさいでいっぱい死んだからつらいけどぼくはいきるときめた」と決意したのです。悲しみの中にも、勇気ある姿に涙を誘われました。 

 このような中で、安倍首相はインドと原子力協定を締結し、経済優先の原発輸出を進めています。 

 私たち生教会は、脱原発の教育をさらに強力に、児童・生徒・学生に、そして現職教員はじめ教育関係者に伝えていきましょう。原発の問題点、つまり「なぜいけないのか」の指導を、学校現場で、幸せを運ぶ教育フォーラムで、生命学園で。 

原発反対の願いを込めて、「倫理的な生活者」として、「省資源、低炭素の生活法」を自ら実践し、社会に伝えていきましょう。

“自然と共に生きる”喜びを感じながら。
                                            K.O

 

2016年9月19日月曜日

自然との共存教育

小学校教諭のY・Sです。

 久しぶりの更新です。平成28年度がスタートしてすでに半年が過ぎようとしています。子どもたちは心身共に成長していますか?不安や無気力,苛立ちや体調不良を訴える子はいませんか?「生長の家の教育法」を実践しておられる先生方にはそのようなこととは無関係と自信をもって日々教育実践をされていると思いますが。
 話は変わって,あの「東日本大震災」から5年と6ヶ月が過ぎました。しかし,被災地の復興は遅々として進んでいないというのが現状です。津波で流された地域では大規模なかさ上げ工事が行われている一方,あちらこちらに「慰霊碑」がひっそりと建てられています。
 みなさんは「あの時」どこで何をしていましたか?被災地に足を向けられた方は何を感じられましたか?きっとあの時,「変わらなければ!」と思われた方々がたくさんいると思います。私は今こそ,その意識を実践に移す時期であると思っています。5年半前の巨大地震以来,日本ではこれまでにない気象災害が頻発しています。これは何を意味するのでしょうか?私たちは本当に「変われた」のでしょうか?水を大切にしているでしょうか?
紙の無駄遣いはないですか?ゴミはきちんと分けて出していますか?何よりも身近な動植物に愛を持って接しているでしょうか。山川草木に感謝しているでしょうか?
 「あの時」「変わろう」とした気持ちを私たちはもう一度思い出す時期に来ているのだと思います。
 また,大きな台風が日本へ向かっています。私たちは台風にさえ感謝することで,被害を被ることから逃れることができるのであると私は信じます。
 自然との共存教育は,ゼロからのスタートかも知れませんが,今本当に必要とされていることをあらためて考えてみたいものです。

 蛇足ですが,私の好きな英語の格言を2つご紹介します。 ・Even if I knew that tomorrow the world would go to pieces, I would still plant my apple tree. ー Martin Lutherー
 ・You’ll never find a rainbow if you’re looking down. ーChrlie Chaplinー 

写真:宮城県南三陸町の防災対策庁舎

 

2016年7月25日月曜日

手描き製図とCAD― 低炭素のものづくりをめざして ―


元公立高校教諭のK.Oです。 

機械製品や工具などの改良・開発のために、スケッチという描画法があります。授業を担当して、それが出来ない、さらにはそれを嫌う学生が増えていることに危機感を持ちました。理由はスケッチは手間が掛かるだけでなく、現代の学生の思考形態にあると思われます。 

CAD(Computer Aided Design)の問題点
製図を描くには、手描きとCADがあります。手描きは従来からの技法で、基礎基本を成すものですが、現在はCAD が主を占めている状況です。Computer Aided Designコンピュータ支援設計(製図)の意味で、印刷、保存、またメールでの送受信等が容易で、効率のよい点があります。 

一方、問題点もあります。私は昨年(短大非常勤講師)、機械設計製図の授業を担当し、それに気が付きました。一例として、一本の線を引くときのことがあります。マウスで始点をクリックし、移動して終点を指示し描きます。その始点と終点は、マウスをおおよそのところにもっていくと、コンピュータが自動で交点を合わせてくれるのです。大変便利なのですが、人間がていねいに描くという努力をあまりしなくてもできます。 

そのため、図面にていねいさも粗雑さも現れにくいのです。効率を優先するCADに頼りすぎると弊害があると感じました。教育を受ける学びの期間においては、なおさらのことです。 

とくに大きな問題は、紙のムダが多いということです。提出課題を印刷するとき、訂正・修正のたびに印刷し直します。間違っている“古いものを捨てて新しいものを再印刷”します。その捨てる紙の量はかなりの枚数になり、資源とエネルギーの消費増です。CADはコンピュータ処理に依存する、「デジタル」で「左脳的」な心の傾向による技法の象徴と言えます。 

手描き(手仕事)から新しい文明の構築へ
手描き製図にはスケッチと製作図がありますが、とくにスケッチの特徴は対象のもの(真象)をよく見て、イメージを形(図)に手で表現することです。この技術は、新製品開発や改良等の新しいオリジナルなアイディアを生むためには、とくに必要なものです。 

また、手描きはていねいに仕事をする練習になります。めんどうくさいのなかに大切なものがあるのです。さらに、一枚(基本)の紙に組立図や部品図をどのように配置するかという、直感力・大局的な見方が養われます。手描きができなければ、CADも充分使いこなせません。 

とくに手描きは、紙一枚(一つの図面・作品につき)で済みます。間違いは“消して描き直し紙を大事に使う”ので、省資源・省エネルギーです。手描きにより、手仕事から得られる「アナログ」で「右脳的」な考え方が伸長されます。したがって、学生には手描きや手仕事は、今、手工業として見直され、大事であると教えているのです。 

総裁・谷口雅宣先生は、「デジタル」で「左脳的」な心の傾向と「アナログ」で「右脳的」な考え方のバランスが大切であり、とくに現代では、後者の活性化が必要であると説かれています。 

さらに総裁先生は、手仕事・手工業の長所について次のように示されています。 

クラフトとは「手仕事による製作」であり、「手工業、工芸」である。この定義からして、製作には手がかかる。(中略)これに対して工業製品は、製作過程を機械化して手作業をできるだけ省くことで、人件費の削減と大量生産による効率化を行い、低価格での製品提供を実現している。両者の生産方式には一長一短があるが、地球温暖化と資源やエネルギー不足が危惧されている現代にあっては、手工業による生産方式のメリットは無視できない。製作過程で資源やエネルギーのムダが少なく、デザインの画一化や大量在庫が発生しにくく、したがって大量廃棄の必要もないからだ。(機関誌『生長の家』2015年5月号5~6頁 谷口雅宣先生ご文章) 

クラフトを一つ一つていねいに仕上げるように、製図も一本の線、一つの交点に心を込めて描く手描きを大切にしたいと思います。学生はすぐCADを使いたがりますが、開発・改良等のスケッチや製図の基礎基本は、手描きのプラス面を強調し指導したいものです。省エネ・省資源で低炭素のものづくりが、自然と人間が調和する“新しい文明”の構築へつながるものと考えます。 

低炭素のものづくり(生活法・表現活動)から、持続可能な社会の実現へ。
                                          K.O

2016年4月4日月曜日

子どもたちのために祈りましょう

小学校教諭のY・Sです。

 平成28年度がスタートしました。新しい職場にご栄転なさった先生方もおられるかと思います。また,昇任,新規採用され希望に燃えていらっしゃる読者の方々も。それぞれの立場で子どもたちの未来のために邁進してほしいと願っています。
 4月1日には,恒例の“一日詣” をして参りました。勤務校の産土神様と我が家の産土神様です。勤務校のお社でおみくじをひくと大吉(写真)でした。祈ったことは,子どもたちの心身ともなる健やかな生長と職場の和です。
 4月8日には,新入生と元気いっぱいの在校生で,また学校がにぎやかになります。子どもたちのためにも「祈り(=命の宣言)」を忘れずに,日々の教育活動に従事したいものです。祈りの功徳については,また後日記事にいたします。
 今年度もどうぞよろしくお願いいたします。

2016年3月13日日曜日

言うことを聞かない子どもへの対応

小学校教諭のY・Sです。

最近の子どもは,小学生でも先生や親の言うことを聞かず,指示すると「いやだ!」といってふてくされることがあるようです。このような児童は年々増加しているのが現実のようですが,ここに最もよい対応があります。それは,
 子どもと遊んであげることです。
 心身の発達が著しい児童には学習(脳の発達)と運動や遊び(体と心の強化)の両立が必要です。学校で言うことを聞かない児童がいて,対応に苦慮したら,「発達障害」だとか「ADHD」だとかと疑う前に先生が休み時間に一緒に遊んであげることです。これは理論ではなく私の実際の経験から言えることです。
 授業や集団行動に馴染めず,すぐにキレてしまうような児童や先生の言うことを聞かない児童は,まず間違いなく“先生が好き”ではありません。人間は元来尊敬する人の言うことは,例えそれが多少理不尽なことだと認識しても聞くものです。小学生の児童には,まだこの“尊敬する”という観念が十分に醸成されていません。ですから,自分が一番好きである遊びを一緒にしてくれる人を“尊敬”し,その人の言うことを聞くのであると思われます。私も今までに,いわゆる問題児扱いされている児童を何人も受け持ちましたが,授業中全く集中できず,周りの子どもたちに迷惑をかけたり,授業を妨害したりしたとき,「休み時間外で遊ぼうか?」と声をかけると「え?ほんと?」と意外だという表情をして授業が終わるまで静かにしていました。約束通り2時間目と3時間目の休み時間にとことん一緒に遊びました。すると,3時間目以降はすっかり人が変わったようになって,私の言うことも聞いてくれるようになりました。もちろん,学級の他の児童たちも一緒に遊びに加わりますから,学級全体が明るく活発になります。
 とはいえ,学級担任は分刻みの忙しさですからそんな時間の余裕はないと言われる方がおられるかと思います。ではどうするか?答えは簡単。“宿題を少なくする”のです。つまり○付けをする時間を削って子どもたちと遊ぶ時間に充てることです。そんなことをすると,学力の低下につながるのではという心配なら無用です。授業で勝負するのです。子どもたちが先生を“尊敬”して心を開いてくれたら授業もスムーズに進むこと請け合いです。

2016年3月5日土曜日

忘れられない3月11日を前に

小学校教諭のY・Sです。

 
「あの日」からもうすぐ5年が経とうとしています。私も被災地に住んでおりますので,当時のことを決して忘れることはできません。平成23年(2011年)3月11日14時46分,低学年の児童が下校した直後のことでした。あの長く激しい揺れの中,私は「目を覚ませ!」という地球の叫びを聞いたような気がします。これが最後の警告であってほしいと切に願います。
  これからもあの震災を知らない子どもたちに,自然の偉大さや自然とともに生きることの大切さを伝えていきます。全国のみなさまもぜひ東北へお越しください。まだまだみなさんのご支援が必要です。

2016年2月19日金曜日

自然の中を歩くって,最高!

小学校教諭のY・Sです。

 

 先週末,近くの沼で野鳥観察をしてきました。そろそろ渡り鳥たちは越冬を終え,北へ帰る時期です。沼には白鳥や鴨などの水鳥が人間が持ってくる餌(古米のポップコーン,パンの耳など)をねだりに水際に集まってきます。家族連れの子どもたちが喜んで餌をやる微笑ましい様子を見ると,自然とふれ合うことの大切さが実感できます。本当は,人間が餌を与えたりせず,自然のままの鳥たちを静かに観察している方がいいのでしょうが。


 ふと気付くと“人気者”の水鳥を遠巻きにして,そのおこぼれを頂戴しようとしている“黒い影”が…。烏です。その近くには鳶,草の陰には雀が人間から距離を保って待っていました。普段見慣れた“彼ら”も野鳥には変わりはないので,私は少し遊んでもらうことにしました。人気のスポットを少し離れると,そこは正に手つかずの自然。烏や雀はちゃんと棲み分けをし,順番を守って待機していました。100円で買った古米のポップをそっと草むらに撒いて距離を取り,静かに観察していると,まず烏がこちらを伺いながらそれをつっつき始めました。それを確認した雀たちがそっと舞い降り,可愛い嘴で啄みます。雀は烏を恐れていないし,烏も雀を追い払ったりしないようです。ここではきちんと共生しているのです。次に持参したパンをちぎってそっといくつか草むらに。烏たちは一度は私を警戒して飛び立ったものの,さっきより大きな“ご馳走”をみつけると「カー,クヮー」と鳴き出してパンをつつきにきました。すると突然上空から大きな羽音が!


 鳶です。見事な急降下と正確なタイミングで烏たちのご馳走をさらって行きました。「鳶に油揚げをさらわれる」という諺の意味を実感して感動です。時には,私が投げ揚げたパンを空中キャッチするという技も見せてくれました。そうしているうちに古米もパンも底をつき,私は沼を後にしました。鳥たちの行動にいろいろと教えられることがありました。何よりも彼らは殺し合いをしません。奪い合いもしません。それどころかちゃんと“自分の順番”が来るのを待っているのです。そして,大きなパンのかけらをゲットした烏が,仲間のもとへそれを分け与えに飛び去る姿にも感動しました。
 今度は,学校の子どもたちを連れてきたいと思いました。さて,水鳥より烏や雀が気になる子どもは何人いるのか楽しみです。

 Nothing beats walk in the wilderness!