2014年12月27日土曜日

今週の「おみやげ」は?

小学校教諭のY・Sです。

今年も御用納めとなり,今日からは9連休という方もいると思います。今年1年,子ども達のための精進・奮闘・活躍された教育関係者のみなさん,お疲れ様でした。
 今年最後の記事は「おみやげ」についてです。私は毎週金曜日には,学級の子ども達に「今週のおみやげは何かな?」と帰りの会で問いかけます。その「おみやげ」は物ではなく,その週に学習したり,新しい知識を得たりしたことを家の人に話すおみやげです。
 例えば,これまでに「好評」だったおみやげをいくつかご紹介します。
○  10分,20分・・・の正しい読み方は「じっぷん」,「にじっぷん」であ  る。
○ スリッパを踏みつぶして履けなくなり,いらいらしたことは誰にでもあること。
○ 「女王様」の正しいふりがなは「じょうおうさま」ではなく「じょおうさま」であること。
○ 「躓く」=「つまづく」は間違いで,「つまずく」であること。
○ 信号の赤・青・黄色の並び順は?(真ん中は黄色と判っているけど,赤と青がそのどちら側か?)○ 探し物をしていて見つからないときは,一旦止めた方が却ってみつかること。
○ 季節や行事に合ったことわざや簡単な英語表現など。
 つまり,その週で学習したことで,「なるほど!」とか「そうだったのか!?」と思ったことや,家の人に自慢できるような豆知識をもって帰り,話題にすることが「おみやげ」です。子ども達は常に好奇心と学ぶ意欲をもって活動しています。その中で得たことや気付いたことを誰かに伝え,表現することによって知的好奇心が益々高まるのです。同時に家族の会話が弾んで一家団欒に貢献することも期待しています。
 さて,今学期最後の「おみやげ」は,ことわざ「笑う門には福来たる」と「Keep on smilig !」という挨拶でした。英語の訳は敢えてしないでも,子ども達はしっかりにこっと笑って真似をします。
 

 では,今年も私のささやかな実践と拙文を読んでくださったみなさまに感謝致します。どうぞ,よいお年をお迎えください。
   Keep readnig and, Keep on smiling !!

2014年12月13日土曜日

生長の家の教育の“現代的展開” 子供たちに伝えよう-自然と人間の大調和


高校教諭のK.Oです。
                  

昨年死去した、ネルソン・マンデラ氏は人種や民族のちがいを越えて人種差別を撤廃し、世界中から尊敬されました。そして今、世界は地球環境問題に直面しており、さらに人間と他の生物との共存共栄が求められています。

 
今、一番必要な道徳教育、平和教育とは?

授業で太陽パネルの特性試験を行い、生徒がレポートに感想文を書いてくれました。「ソーラー電池の発電率にびっくりした。光はなくならないので、これを日本中にけちらずに展開すれば、どれだけの電力をまかなえるのか。原発が無くなったらこれだ!と思った。」(S.H
また、北見生命学園では、何故ノーミート料理をつくるのか?環境を大切にするとは?という内容の講話から、肉食の弊害について、動物を殺すこと・飢餓・森林減少等を学習しました。
 
今、児童・生徒に一番必要な道徳教育の徳目、また平和教育の内容は、「自然と人間の大調和」による自然環境保全の生き方=新時代の生き方であると思います。なぜなら、人間と他の生物との共存共栄は、愛を実践する生き方であるからです。例えば、動植物を大切にすることは、愛を深め「豊な心」を育んでくれます。リサイクルの促進は、ゴミや空き缶を拾うことで良いことをする、「愛の実践」になります。省エネルギーの促進は、「物を大切にする心」を養います。温暖化防止の努力は、「遠くの貧しい国の人たちへの愛」となるのです。さらに、自然との触れ合いは、生きる力とよろこびを与えてくれます。 

また、「自然と人間の共生」に基づく地球環境保全の教育が世界平和の根幹であると言えます。なぜなら、生長の家総裁・谷口雅宣先生が、「平和・環境・資源」の3つの問題はリンクしていると説かれているように、地球環境保全は平和と密接につながっているからです。 

生長の家総裁・谷口雅宣先生は次のようにお示しくださっています。 

化石燃料を使い続けることは環境にマイナスであるばかりか、資源問題を深刻化するとともに、希少資源をめぐる各国の奪い合いに発展する恐れもある。また、ツバルの例のように、環境難民を生み出す可能性もある。そういう意味で、「環境」と「資源」と「平和」とは皆、つながっているわけですよ。(『足元から平和を』谷口雅宣先生著202頁より)
 

今、一番必要な生長の家の教育とは?

 生長の家の教育に関する内容も、歴史があり素晴らしいものです。かつては反国家思想の横行する時代があり、それに対して愛国心や天皇様のご恩徳を説き、また親不孝の問題については親孝行を説いてきました。もちろんこれらのことは必要です。しかし、現代の児童・生徒を取り巻いている環境は変わってきています。 

例えば、君が代・日の丸についても、以前は戦争につながる等と言っては反対し、バイキンのように嫌う人もいました。今は変わりました。子供たちも教員も、自然に国歌・国旗として接しています。
 
今はもっと重要な問題が出てきているのです。地球が荒廃し人間のみならず生物が棲めなくなっていくこと。すでに絶滅種が多く数えられています。また、原発事故の未解決の問題等です。これらの緊急を要する地球規模の問題を解決することが、吾々の使命であり、教育の課題なのです。現代の子供たちに最も教えなければならないことは何か?今、一番必要な生長の家の教育とは何か?と考えたとき、総裁先生がお説きくださっている、「自然と人間の大調和」による新時代の生き方であると思います。
これが生長の家の教育の“現代的展開”だと考えます。 

「教員生活が楽しくなるブログ」へのアクセス数がこのところ急増し、国内外から、生長の家がはじめての方からも多くの関心が寄せられています。
今、世界の教育者の共通の諸課題を解決するために!!

                                                                                                                                                                                                K.O

2014年12月3日水曜日

自然を愛し,その偉大さを実感させる授業

小学校教諭のY・Sです。

今週は,「わたしたちの道徳」という副読本(文部科学省 刊)をつかった道徳の授業をしました。題材は「自然や動植物を大切に」です。その概略をご紹介します。対象は小学校3年生です。
 導入で「次の中に花が咲かないものはありますか?」という問いかけをし,
①さくら ②いね(米) ③杉
 と板書しました。〔*この質問に関しては,2013年7月22日のブログにも書きました〕はじめはこちらのねらい通り,③の杉と答える児童がいました。②のいねについては,稲作地域という特性から,「稲の花は見たことがある」という意見にみな同感しました。
 では,「③の杉は本当に花が咲かないのかな?」と補助発問すると,「見たことがないから咲かないと思う」という児童の意見に引きずられる児童が出てきたので,ここでヒントをあげました。「花粉症で一番多いのは,何の花粉症でしょうか?」すると児童から「杉の花粉症か!花粉が出るということは花が咲くからだ!」「でも杉の花は見たことがないよ」「稲よりももっと小さい花なのかも知れないよ」といった意見が出てきました。  
 そこで,「そうだね。見たことがないからないとは言えないね。実は杉にも花が咲くんだ。今の季節は茶色いつぼみが出ているから,気をつけて見てごらん。では,わたしたちの道徳の102ページから読んでみよう」といって,
 ○ 折れた菊を大切に世話した結果,見事に花を咲かせた話
 ○「ど根性大根」の写真
 ○ 渡り鳥がなぜ「V字」になって飛ぶのかという話
 ○ 岩手県盛岡市の石割り桜の生命力について
を紹介した写真と文をそれぞれ読んで話し合いました。子ども達は,アスファルトから芽を出す草花の不思議な力や,この季節によく見られる雁も「V字飛行」をして,天敵から身を守る工夫をしていることなど,それぞれ知っている自然の偉大さを紹介してくれました。そして次のようなまとめをして授業を終えました。
 「みんなよくたくさんの自然のすばらしさに気付きましたね。自然の素晴らしさに気付くということはみんなも自然の一部だからなんだと思う。」そして板書に,
「花が咲かない植物はない。」植物の横に「人間」と朱書きし,「花の咲かない人間もいない。」「人間の花って,何だろう?考えてみてください。」といって授業を終えました。
 後日,子ども達から自然・人間についての偉大な発見が続々報告されることでしょう。その時はまたブログにアップします。  
   ー 参考文献:「わたしたちの道徳 小学校三・四年」p102~p105 ー  

2014年11月23日日曜日

誤った二分法による誤った指導

小学校教諭のY・Sです。

給食の好き嫌いが多い児童に「世界には何万人という子ども達が食べたくても食べられなくて飢えや病気で死んでいる。ちゃんと朝・昼・晩3食食べることのできる国に住んでいて,好き嫌いをするとは甘い考えだ!」といった指導をしたことはありませんか?私も実は,若い頃こんな指導をしたことがあります。また,不登校や学校に行くのを渋る児童に,「アジアやアフリカの国には,鉛筆一つ教科書1冊さえなくても勉強をしたいと思っている子ども達が大勢いるのに,学校に行きたくないなんて甘いことを言うな!」というようなお説教を聞いたことはないでしょうか。どちらも違和感があり,効果的な指導・助言とは言えませんね。もう一つ,子どもの頃,ちょっとした怪我や病気でぐずっているとき,親からこんな言葉で慰められたことは誰にでもあるかと思います。「お前なんかよりもっともっと重い病気や怪我で苦しんでいる人もいるんだから,それくらいのこと我慢しなさい!」この言葉に奮起したという人は,おそらく少ないと思います。このような考え方を『誤った二分法』といいます。つまり,物事を無理やりに2つに分けて,それ以外の可能性をすべて無視したうえで理屈付けをするある種の詭弁です。
 そもそも,世界中に何万人もの飢えた子どもがいようと,貧しくて学校に通えない子どもがいようと,食べ物の好き嫌いや不登校の原因とはなんら関係のない別問題であるということです。大切なことは,好き嫌いや不登校,病気や怪我で苦しんでいるのは,当の本人なのです。もし,日本中の好き嫌いのある子どもが何でも食べるようになっても,世界の飢餓はなくなりません。不登校の児童が我慢して学校に行っても,学校がない国に学校が建つ訳ではありません。子ども自身が自覚により,「世界の貧しい国の子ども達に役に立てるような大人になろう!」と決意したなら別ですが。
 要は,このように極端な比較を使って子どもを説得するよりも,問題を抱えている“その子”に寄り添って,具体的な解決方法を一緒に見つけていくことが大切なのだと思います。


ー参考文献ー
 誤った二分法(あやまったにぶんほう、英: false dichotomy)あるいは誤ったジレンマ(英: false dilemma)は非論理的誤謬の一種であり、実際には他にも選択肢があるのに、二つの選択肢だけしか考慮しない状況を指す。密接に関連する概念として、ある範囲の選択肢があるのにそのうちの両極端しか考えないという場合もあり、これを白黒思考 (black-and-white thinking) などと呼ぶ。なお "dilemma" の先頭の "di" は「2」を意味する。2つより多い選択肢の一覧が示され、その一覧以外の選択肢が存在するのに考慮しない場合、これを誤った選択の誤謬 (fallacy of false choice) または網羅的仮説の誤謬 (fallacy of exhaustive hypotheses) と呼ぶ。 ーWikipedia よりー

2014年11月6日木曜日

将来役に立つ習い事は?

小学校教諭のY・Sです。

道徳の教科化が中教審から答申されました。この件に関する記事は8月12日に書きましたので,より詳しい見解は後日またUPしようと考えています。
 今日は,先日保護者から質問されたことに対する私の回答をまとめてみます。「子どもの将来のためにどんな習い事をさせたらいいでしょうか」(将来,就職に有利な習い事はどんなものかという意)
という質問でした。
 まず,習い事はお子さん(以後一般的に”子ども”と表記)の自発的な意志に任せて無理矢理やらせないことが肝心です。もし,習い事がしたいと子どもが希望するならスポーツを含めて週に2回くらいが適量かと思います。将来のために(就職に有利な)習い事というのも,個人差がありますから一概に言えません。スポーツで心と体を鍛えることは誰にも有益でありますし,武道(柔道・剣道・空手等)は精神の鍛錬にもなります。
 学習関係について,個人的には学校の勉強をしっかりやっていれば十分だと思います。ちなみに私は大学まで行きましたが,学習塾は一切通っておりません。将来を考えて就職に有利な習い事は,と問われるなら,これも個人的な見解ですが,「英語」それも聞いて話せる英語を身に付けることのできるような学習をお勧めします。これは何も塾だけとは限りません。テレビやラジオの英語番組を親子で視聴することなどは,簡単な方法です。なぜ,英語をお勧めするかというと,これからの国際化が進む社会では,どうしても「コミュニケーション能力」が必要になります。しかし,現在行われている小学校の外国語授業は週に1回,中学校でも時数は少なくなり,毎日授業があるわけではありません。つまり,学校の勉強だけでは受験準備のための英語は身に付いても,使える英語・実践的な英語は習得し難いのが現状です。
 さらに,国は外国人観光客の集客による外貨獲得に力を入れようとています。また,防災教育を学びに東日本大震災の被災地を訪れる外国人も増えています。しかしながら,各観光地や被災地では,英語を話せる人材不足に悩んでいる実情があります。これからの国際化社会を生きていく子ども達には,せめて母国日本の文化や自然環境,歴史などについて説明できるくらいの英語力が求められると考えています。
 


 最後にひとつ事例をご紹介します。私が「東日本大震災」の復興支援に行ったとき,アメリカから1人で来たという壮年の男性が「Is there anybody who can speak English?」といって人を探していたので,私が説明した概要です。一部は英語を専門職にしている知人に添削してもらいました。このくらいの英語が高校を卒業するまでに話せるといいですね。


The explanation of Great East Japan Earthquake
On March 11, 2011, at 2:46pm, there was the Pacific coast of Tohoku Earthquake. (Great East Japan Earthquake.)
It was magnitude 9.0. It was a massive earthquake. 
In northern Miyagi Prefecture, the seismic intensity was 7.0.
For about 6 minutes, all of Japan shook greatly. It did enormous damage everywhere.
The tsunami was over 40.5 meters high, and flooded up to 5.4 kilometers inland.
Nearly 20,000 people lost their lives.
To teach about this tragedy, and as a lesson for the future generations,We pray for happiness in the next world for those who were lost in the Great East Japan Earthquake, and also pray for the quick reconstruction of the disaster areas, with Grand Harmony of Nature.


訳)2011年3月11日午後2時46分に起きた“東北地方太平洋沖地震”はマグニチュード9.0という超巨大地震でした。宮城県北部では,最大震度7を観測し,その揺れは約6分間にわたって日本全土を揺らし,各地に甚大な被害をもたらしました。また,その地震に伴って発生した津波は想定を遙かに超える規模で,最大遡上高40.5m,内陸への浸水最大5.4kmを記録し,2万人近くの尊い人命を奪いました。その悲劇と教訓を将来に伝えるために“東日本大震災”で亡くなられた方々のご冥福を祈るとともに,被災地の1日も早い復興を祈ります。自然との大調和と共に。

2014年10月7日火曜日

「めんどくさいことに価値がある」ことを教える

小学校教諭のY・Sです。

 近頃の子どもはすぐに「めんどくさい」とか,「意味がない」といって嫌なことから逃げようとするとよく聞きます。しかし,本当に子どもだけでしょうか。もしかしたら,私たち大人が「面倒くさいこと」や「嫌なこと」から逃げているのではないでしょうか。
 私はかつて,社会科の「ごみの処理とゆくえ」の授業の中でこんな話を子ども達としたことがあります。授業のねらいは,『ごみの処理について関心をもち,身近な事象を通じてごみ処理と自分とのかかわりについて考えさせる』です。 *Tは教師(私),Sは子どもの発言 *教師の発問・受け答えには“カウンセリング的受容”の手法を意識しております。




 T:「みなさんは,ごみを捨てるのを面倒くさいと思ったことがありますか?」
 S:「ありません。」
 T:「ええ~!本当にないのですか?!それでは,掃除は面倒くさくありませんか?」
 S:「・・・・。」
 T:「実は先生も掃除をしなくてもいいなら“ラッキー”と思います。」
 S:「確かに,それはそうだけど。」
 T:「じゃあ,ごみを捨てるのも面倒くさいのではないですか。掃除だけじゃなくその     
辺に落ちているごみだって,自分が捨てたものでなければ拾って捨てたりしない                      でしょう?」
 S:「そういえばそうだ。」「私は○○君の落とした消しカスを拾ってあげたことがあります。」
 T:「おお,それは偉いね。他に自分が落としたものではないごみを拾って捨てたことがある人。」
 S:「はい,あります。」 *4~5人の子どもが手を挙げる。
 T:「すばらしい!それはとてもいいことだと思うよ。これからは“ごみを捨てる人”でなく“ご   みを進んで拾う人になろうね。」
 C:「はい。でも先生,よくコンビニのごみ箱にたくさんごみを捨てる人を見ますよ。」
 T:「よく見てるね。先生もそのような人を時々見かけるよ。みんなはどう思う?」
 C:「みっともないと思います。」「大人として最低。」「自分勝手で許せない!」
 T:「うん,先生もそう思う。でもいちいちそれを注意して嫌な気分になるのも損だ ね。」
 C:「そう,逆ギレされると怖いしね。」
 T:「その通りかもね。じゃあどうする?」
 C:「自分が手本を見せればいいんじゃない?」 *拍手が起こる
 
 


 こんなやりとりを20分ほどして,結局子ども達は「ごみは捨てることより拾うことに価値がある」という新しい“生き方”に気付きました。
 生長の家総裁,谷口 雅宣先生はその著書「次世代への決断」で次のように教えてくださっております。
   “めんどくさい”ことに価値がある「There is value what is t roublesome”」
 ごみの問題に限らず,私たちの生活の中で“めんどうくさいこと”の中に喜びと価値を見出すことは自分を鍛え,同時に未来への希望をもつひとつの大事な教育であると思います。

2014年9月13日土曜日

子どもに厳しく指導「鉄槌を下す」とき

小学校教諭のY・Sです。

「日時計主義の教育」を実践している先生方も,時には児童生徒を厳しく叱ることもあるかと思います。もちろん体罰はいけませんが,いわゆる「鉄槌」を下すのはどんな場面でしょうか。

 私は「やればできるのに怠けてしないとき」に鉄槌を下します。例えば,鉛筆を正しく持って丁寧な字を書こうと思えば書けるのに,いい加減な文字を書いているときなどは,

「○○!もっとうまく書けるはずだ!も一度書き直して。」と少し厳しい口調で諭します。また,近頃の子どもがよく言う「めんどくさい」という言葉も黙認しません。「面倒くさいことから逃げていては,何もできるようにはならないんだ!」と,つい語調を荒げてしまうこともあります。そう子どもには言うものの,(自分は面倒なことや苦手なことから逃げてはいないのか?)と自己反省することもあります。ですから,最近は「1日1回,面倒なことか苦手だと思うことを我慢してやってみよう。その代わり先生も面倒くさがったりしないから。」と,子ども達と約束することにしています。すると子ども達は厳しい目で私を見ます。「あ,先生,黒板の字間違ったのに面倒がって手で消したね。」「そうだ最初から書き直し!」などと。さすがにこれはムカッとする場面もありますが,「そうだね。面倒くさがらないという約束をしたね。ゴメン!。」といってやり直します。それを繰り返していくうちに,子ども達も「めんどうなこと」「苦手だと思うこと」に積極的に立ち向かうようになります。ちなみに,鉛筆の正しい持ち方やひらがなの正しい字形は,入社試験・就職試験,入学試験などでも最近は厳しくチェックされるそうです。

  生長の家創始者,谷口雅春先生は,その主著「生命の実相」で次のように説かれています。

 『かつて私は,数ヶ月の慢性胃腸病の児童を「お腹が痛い痛いというときは天井から吊り下げて棒で擲(なぐ)んなさい。このお子さんは病気ではないのに同情を求めて。潜在意識が病気を仮作(けさ)してるのですから。同情を求めたらかえって不結果になるということを知らしたら治るのです」と,その子供の目の前で叱責したために,その日からその児童の慢性胃腸病が治った実例をお話したことがあります。 ー中略ー 光明思想は感傷主義のいわゆる慈善主義ではありません。仮相(かそう)の人間の弱々しさに同情して,その弱々しさをますますのさばらせはびこらせるような救済事業ではありません。光明思想とは生命本然の力の教育であります。』

 「生命の実相第25巻 教育実践篇163頁」より抜粋 

 注:()内の「かな」はY・S 「光明思想」とは,今でいう「日時計主義」と同意