2016年7月25日月曜日

手描き製図とCAD― 低炭素のものづくりをめざして ―


元公立高校教諭のK.Oです。 

機械製品や工具などの改良・開発のために、スケッチという描画法があります。授業を担当して、それが出来ない、さらにはそれを嫌う学生が増えていることに危機感を持ちました。理由はスケッチは手間が掛かるだけでなく、現代の学生の思考形態にあると思われます。 

CAD(Computer Aided Design)の問題点
製図を描くには、手描きとCADがあります。手描きは従来からの技法で、基礎基本を成すものですが、現在はCAD が主を占めている状況です。Computer Aided Designコンピュータ支援設計(製図)の意味で、印刷、保存、またメールでの送受信等が容易で、効率のよい点があります。 

一方、問題点もあります。私は昨年(短大非常勤講師)、機械設計製図の授業を担当し、それに気が付きました。一例として、一本の線を引くときのことがあります。マウスで始点をクリックし、移動して終点を指示し描きます。その始点と終点は、マウスをおおよそのところにもっていくと、コンピュータが自動で交点を合わせてくれるのです。大変便利なのですが、人間がていねいに描くという努力をあまりしなくてもできます。 

そのため、図面にていねいさも粗雑さも現れにくいのです。効率を優先するCADに頼りすぎると弊害があると感じました。教育を受ける学びの期間においては、なおさらのことです。 

とくに大きな問題は、紙のムダが多いということです。提出課題を印刷するとき、訂正・修正のたびに印刷し直します。間違っている“古いものを捨てて新しいものを再印刷”します。その捨てる紙の量はかなりの枚数になり、資源とエネルギーの消費増です。CADはコンピュータ処理に依存する、「デジタル」で「左脳的」な心の傾向による技法の象徴と言えます。 

手描き(手仕事)から新しい文明の構築へ
手描き製図にはスケッチと製作図がありますが、とくにスケッチの特徴は対象のもの(真象)をよく見て、イメージを形(図)に手で表現することです。この技術は、新製品開発や改良等の新しいオリジナルなアイディアを生むためには、とくに必要なものです。 

また、手描きはていねいに仕事をする練習になります。めんどうくさいのなかに大切なものがあるのです。さらに、一枚(基本)の紙に組立図や部品図をどのように配置するかという、直感力・大局的な見方が養われます。手描きができなければ、CADも充分使いこなせません。 

とくに手描きは、紙一枚(一つの図面・作品につき)で済みます。間違いは“消して描き直し紙を大事に使う”ので、省資源・省エネルギーです。手描きにより、手仕事から得られる「アナログ」で「右脳的」な考え方が伸長されます。したがって、学生には手描きや手仕事は、今、手工業として見直され、大事であると教えているのです。 

総裁・谷口雅宣先生は、「デジタル」で「左脳的」な心の傾向と「アナログ」で「右脳的」な考え方のバランスが大切であり、とくに現代では、後者の活性化が必要であると説かれています。 

さらに総裁先生は、手仕事・手工業の長所について次のように示されています。 

クラフトとは「手仕事による製作」であり、「手工業、工芸」である。この定義からして、製作には手がかかる。(中略)これに対して工業製品は、製作過程を機械化して手作業をできるだけ省くことで、人件費の削減と大量生産による効率化を行い、低価格での製品提供を実現している。両者の生産方式には一長一短があるが、地球温暖化と資源やエネルギー不足が危惧されている現代にあっては、手工業による生産方式のメリットは無視できない。製作過程で資源やエネルギーのムダが少なく、デザインの画一化や大量在庫が発生しにくく、したがって大量廃棄の必要もないからだ。(機関誌『生長の家』2015年5月号5~6頁 谷口雅宣先生ご文章) 

クラフトを一つ一つていねいに仕上げるように、製図も一本の線、一つの交点に心を込めて描く手描きを大切にしたいと思います。学生はすぐCADを使いたがりますが、開発・改良等のスケッチや製図の基礎基本は、手描きのプラス面を強調し指導したいものです。省エネ・省資源で低炭素のものづくりが、自然と人間が調和する“新しい文明”の構築へつながるものと考えます。 

低炭素のものづくり(生活法・表現活動)から、持続可能な社会の実現へ。
                                          K.O

2016年4月4日月曜日

子どもたちのために祈りましょう

小学校教諭のY・Sです。

 平成28年度がスタートしました。新しい職場にご栄転なさった先生方もおられるかと思います。また,昇任,新規採用され希望に燃えていらっしゃる読者の方々も。それぞれの立場で子どもたちの未来のために邁進してほしいと願っています。
 4月1日には,恒例の“一日詣” をして参りました。勤務校の産土神様と我が家の産土神様です。勤務校のお社でおみくじをひくと大吉(写真)でした。祈ったことは,子どもたちの心身ともなる健やかな生長と職場の和です。
 4月8日には,新入生と元気いっぱいの在校生で,また学校がにぎやかになります。子どもたちのためにも「祈り(=命の宣言)」を忘れずに,日々の教育活動に従事したいものです。祈りの功徳については,また後日記事にいたします。
 今年度もどうぞよろしくお願いいたします。

2016年3月13日日曜日

言うことを聞かない子どもへの対応

小学校教諭のY・Sです。

最近の子どもは,小学生でも先生や親の言うことを聞かず,指示すると「いやだ!」といってふてくされることがあるようです。このような児童は年々増加しているのが現実のようですが,ここに最もよい対応があります。それは,
 子どもと遊んであげることです。
 心身の発達が著しい児童には学習(脳の発達)と運動や遊び(体と心の強化)の両立が必要です。学校で言うことを聞かない児童がいて,対応に苦慮したら,「発達障害」だとか「ADHD」だとかと疑う前に先生が休み時間に一緒に遊んであげることです。これは理論ではなく私の実際の経験から言えることです。
 授業や集団行動に馴染めず,すぐにキレてしまうような児童や先生の言うことを聞かない児童は,まず間違いなく“先生が好き”ではありません。人間は元来尊敬する人の言うことは,例えそれが多少理不尽なことだと認識しても聞くものです。小学生の児童には,まだこの“尊敬する”という観念が十分に醸成されていません。ですから,自分が一番好きである遊びを一緒にしてくれる人を“尊敬”し,その人の言うことを聞くのであると思われます。私も今までに,いわゆる問題児扱いされている児童を何人も受け持ちましたが,授業中全く集中できず,周りの子どもたちに迷惑をかけたり,授業を妨害したりしたとき,「休み時間外で遊ぼうか?」と声をかけると「え?ほんと?」と意外だという表情をして授業が終わるまで静かにしていました。約束通り2時間目と3時間目の休み時間にとことん一緒に遊びました。すると,3時間目以降はすっかり人が変わったようになって,私の言うことも聞いてくれるようになりました。もちろん,学級の他の児童たちも一緒に遊びに加わりますから,学級全体が明るく活発になります。
 とはいえ,学級担任は分刻みの忙しさですからそんな時間の余裕はないと言われる方がおられるかと思います。ではどうするか?答えは簡単。“宿題を少なくする”のです。つまり○付けをする時間を削って子どもたちと遊ぶ時間に充てることです。そんなことをすると,学力の低下につながるのではという心配なら無用です。授業で勝負するのです。子どもたちが先生を“尊敬”して心を開いてくれたら授業もスムーズに進むこと請け合いです。

2016年3月5日土曜日

忘れられない3月11日を前に

小学校教諭のY・Sです。

 
「あの日」からもうすぐ5年が経とうとしています。私も被災地に住んでおりますので,当時のことを決して忘れることはできません。平成23年(2011年)3月11日14時46分,低学年の児童が下校した直後のことでした。あの長く激しい揺れの中,私は「目を覚ませ!」という地球の叫びを聞いたような気がします。これが最後の警告であってほしいと切に願います。
  これからもあの震災を知らない子どもたちに,自然の偉大さや自然とともに生きることの大切さを伝えていきます。全国のみなさまもぜひ東北へお越しください。まだまだみなさんのご支援が必要です。

2016年2月19日金曜日

自然の中を歩くって,最高!

小学校教諭のY・Sです。

 

 先週末,近くの沼で野鳥観察をしてきました。そろそろ渡り鳥たちは越冬を終え,北へ帰る時期です。沼には白鳥や鴨などの水鳥が人間が持ってくる餌(古米のポップコーン,パンの耳など)をねだりに水際に集まってきます。家族連れの子どもたちが喜んで餌をやる微笑ましい様子を見ると,自然とふれ合うことの大切さが実感できます。本当は,人間が餌を与えたりせず,自然のままの鳥たちを静かに観察している方がいいのでしょうが。


 ふと気付くと“人気者”の水鳥を遠巻きにして,そのおこぼれを頂戴しようとしている“黒い影”が…。烏です。その近くには鳶,草の陰には雀が人間から距離を保って待っていました。普段見慣れた“彼ら”も野鳥には変わりはないので,私は少し遊んでもらうことにしました。人気のスポットを少し離れると,そこは正に手つかずの自然。烏や雀はちゃんと棲み分けをし,順番を守って待機していました。100円で買った古米のポップをそっと草むらに撒いて距離を取り,静かに観察していると,まず烏がこちらを伺いながらそれをつっつき始めました。それを確認した雀たちがそっと舞い降り,可愛い嘴で啄みます。雀は烏を恐れていないし,烏も雀を追い払ったりしないようです。ここではきちんと共生しているのです。次に持参したパンをちぎってそっといくつか草むらに。烏たちは一度は私を警戒して飛び立ったものの,さっきより大きな“ご馳走”をみつけると「カー,クヮー」と鳴き出してパンをつつきにきました。すると突然上空から大きな羽音が!


 鳶です。見事な急降下と正確なタイミングで烏たちのご馳走をさらって行きました。「鳶に油揚げをさらわれる」という諺の意味を実感して感動です。時には,私が投げ揚げたパンを空中キャッチするという技も見せてくれました。そうしているうちに古米もパンも底をつき,私は沼を後にしました。鳥たちの行動にいろいろと教えられることがありました。何よりも彼らは殺し合いをしません。奪い合いもしません。それどころかちゃんと“自分の順番”が来るのを待っているのです。そして,大きなパンのかけらをゲットした烏が,仲間のもとへそれを分け与えに飛び去る姿にも感動しました。
 今度は,学校の子どもたちを連れてきたいと思いました。さて,水鳥より烏や雀が気になる子どもは何人いるのか楽しみです。

 Nothing beats walk in the wilderness!

2016年2月11日木曜日

自然と人間が調和する生き方を実践して


短大非常勤講師のK.Oです。 

昨年は生長の家初の国際スポーツイベントとなった、天女山ヒルクライム(全長4.6km・標高差371mの坂道を自転車で登るレース)に参加しました。厳しいなかでも完走できたことをとても嬉しく思い、感動が今も続いています。ゴール直前の空と森は格別に素晴らしく、輝いて見えました。
 
新たな年の、新たな運動に、新たな決意で取組んでいきたいと考えます。 

自転車通勤・クラフト製作は喜び
短期大学校への通勤や家庭訪問はもっぱら自転車の使用になり、自動車をあまり使わなくなりました。CO2の削減と健康の増進に貢献し、自然と触れ合い、美しい自然を直接に感じることができるからです。風の感触、鳥の声、虫の音、日毎に変わる景色等々。ある日、自転車に乗りながら空の青さに感動しました。「青く澄みわたり!さわやか!美しい!!」と。車より時間がかかり、汗をかき、困難もあるが、喜びがあります。 

  また、クラフト製作にも挑戦しました。はじめは“絵手紙整理&鑑賞台”というものをつくりました。絵手紙を数十枚ストックでき、さらに一番表のものはしばらく眺めることができます。片付けるために、すぐ棚や引き出しに入れてしまうにはなごり惜しく、もう少し見ていたい願いをクラフトに表現しました。次に作ったのは改良型です。はじめの作品の材料には、3月まで勤務していた学校の実習からでた廃材と、素麺の箱のふたを活用しました。

もっと自然度の高い材料をと思い、今回は地元の農家から、春に剪定したりんごの木の廃材を分けてもらいました。薪ストーブの燃料になるものです。この方には普及誌を手渡し愛行しているので、快く譲ってくれました。ちなみに、このりんごの品種はふじです。 

  さらに、教区の「自然の恵みフェスタ」に手作り品のクラフトを出展するため、箸置きを10個つくりました。材料は青森ヒバの端材です。機械で作ればすぐできてしまい、はじめはめんどうくさい、ムダな作業のように思いましたが、一個一個こころを込めて作っていると、喜びがわいてきました。木のぬくもり、ヒバの独特の匂い・・・・これらに自然を感じます。手作りの楽しさ、喜び、自然との触れ合い、また材料やエネルギーを無駄にしない作業が、自然と人間が調和する“新しい文明”の構築につながるのであると思います。 

地球生命への意識の拡大-学校で、生命学園で
 生長の家総裁・谷口雅宣先生は、“新しい文明”の構築のためには、個人、地域、国、人類、地球生命への意識の拡大が大切であると説かれています。その方法の一つである「自然観察」について、次のようにご教示くださっています。 

まず「自然観察」がなぜ必要かといったら、これは実際に自然と触れ合う経験をもたなければ、自然を感じられず、自然の美しさや素晴らしさを感じ、一体感をもつことができないからです。自然を感じることができないのに、自然を創造された神を知ることはできません。目で見るだけでなく、耳で聴き、肌で触れ、鼻で匂う―(中略)多様な生物が共存する“地球社会”が本当であって、それに触れる自分も喜ぶことが分かる。
(機関誌『生長の家』7月号38~39頁 谷口雅宣先生ご文章) 

さらに先生は、「三正行」に加えて「絵手紙・絵封筒」「写真・絵画制作」「クラフト製作」「自転車通勤」「自然の恵みフェスタ」が意識を拡大する方法であるとお教えくださっています。このほかにも、自然との一体感を深める意識拡大の方法を工夫して、アイディアを出していきたいと思います。 

 私達は、地球生命への意識の拡大を教育の場において、とりわけ学校現場で児童・生徒・学生に、また生命学園で児童へ教えていきましょう。これが私達教育者の役割です。

“新しい文明”の構築という大きな夢と希望を、教育関係者・教え子・生命学園児童に伝えることが、私達生教会の使命です。 

地球環境保全への取り組みと世界平和の実現を目指して!

                                           K.O

 

2016年2月6日土曜日

みなさんの「メンター」は誰ですか?

小学校教諭のY・Sです。

みなさんにとっての「メンター」はどのような人ですか?
 「メンター(Mentor)」直訳すると「よき助言者・指導者,恩師」となりますが,転じて「目標とする人物・あの人のようになりたいと思う理想の人物」ということです。
 今の子どもたちは「偉人伝」をあまり読まなくなったという話を聞きましたが,これは尊敬できる大人がいなくなったという残念な傾向でもあります。誰もが憧れる有名人などが犯罪に手を染めてしまう世の中ですから,それもまた仕方のないことですが。
 さて,わたしにとっての「メンター」といえば,「谷口雅春先生」と即答できます。こそれは本当にありがたいことです。
 さらにありがたいことには,私たち日本人には絶対的な「メンター」が存在します。
 畏れ多くも「天皇陛下」のことです。国民の幸せを切に願い,世界の平和を常に祈られている天皇陛下。御年80歳を過ぎられても,戦没者の慰霊,災害被災者のお見舞い,そして分刻みのご公務にと本当に心から感謝しなければならないと思います。
 天皇陛下を英語で「Japanese Emperor」と一般的には訳されますが,正確には,「Priest King」(祭司王)です。例えが適切ではないかも知れませんが,カトリック教におけるローマ法王の地位といえばわかりやすいでしょうか。
 私たちはもっと天皇陛下のことを知り,子どもたちにも天皇陛下のすばらしさ,ありがたさを教えるべきではないかと思います。