高校教諭のK.Oです。
絵手紙を毎週一通送って
4月(2013年当初)より絵手紙を一週に一通描いて、送ることに決めました。身の回りのなかで、こころに感動したものを絵手紙にし、少し言葉を添えて出します。相手に神様の祝福を与え給えと祈りながら描きます。
4月に転勤し新しい学校に赴任しました。担当する学科では生徒の実習後に、レポートを集めて確認した後に、レターケースに保管しておく習慣です。どうしたわけか、レポートにコメントを書いて返したいという想いがつのるのです。しかし、職員の中で私だけがコメントを書いて返却し、全体の中で足並みを乱してはいけない、また面倒なことはやらない方がよいという気持ちもします。躊躇しましたが神様に全托していたら、思い切ってやれという声がして実施しました。
生徒のレポートの感想には、一所懸命やったこと、難しかったこと等が素直に書いてあり、まごころが伝わってくるのです。よいところにアンダーラインを引き、表紙に2行ほどていねいに賞める言葉、また注意等を書いて返却しました。すると、「先生は、一人一人にコメントを書いてくれるんですね」という言葉が返ってきて、こころから嬉しそうな顔でした。私も嬉しくなり、生命と生命とがカチカチと音をたてて触れ合うような感動を覚えたのです。
絵手紙のこころでていねいな指導、生徒の真象を見る
レポートへのコメント書きも、絵手紙での右脳の訓練の成果であると思います。毎週一通、絵手紙を描いて送ることで、ていねいな人間関係の大切さを学びました。また生徒の現象の中の真象、すなわち良いところを見る学習になっています。
生長の家総裁・谷口雅宣先生は、ブログ「唐松模様」“手紙月”への挑戦の中で次のように説かれています。
2月を「手紙を書く月」と決めて、毎日誰かに1通ずつ手紙を出すことを勧めるサイトをネット上に発見した。その目的は、「もっとていねいに人と付き合おう」ということらしい。(中略)
私はかつて「下手な字でいい」という一文を書いたとき、プリンターで打ち出した文字のうさん臭さを問題にし、ていねいに手書きした文章は、その文字がたとい下手であっても、書き手の誠意が表れて好感がもてると述べた。(後略)
(同ブログ、2013年2月1日)
目立つことでなくても、基本的なことの中に、生長の家の教育のカギがあると思います。教育界の光明化に、今必要なことは、制度や法律の改革ではないように考えます。現下の教育は、デジタル的な効率優先に偏重しているようです。アナログ的なハートTOハートで、教員と生徒の一体の回復が必要なときです。教育に携わる方々、絵手紙を描きましょう。そのことを生徒・児童の指導に反映させましょう。絵手紙で教育が変わる!手ごたえを感じています。
絵手紙を描いているときは実に楽しい、よろこびの一時です。
K.O
K.O先生のすばらしい取り組み,とても参考になりました。最近は「通信表」にもデジタル化が進み,手書きのものが少なくなっているようです。なんだか「冷たい」感じがします。私は手間がかかってもやはり手書きの所見がある通信表がいいと思うのですが。
返信削除コメントありがとうございます。生徒、ひとり1人と向き合い、ていねいな指導が大切なのだと思います。手間はかかりますが。
削除ご文章から生徒たちの笑顔が見えてくるようでした。やはり、先生から手書きでコメントをもらったら嬉しいと思います。私だったら大切にとっておきます。
返信削除コメントありがとうございます。
削除うれしい、ありがたいコメントです。どうもありがとうございました。